会社で働いていると作業を頼んだりとか期限を確認したりするような場面ってありますよね。ときには指摘や注意することもあります。ですが、こういうのを苦手に感じる人はけっこう多いんじゃないでしょうか。催促のメッセージを書いては消して結局送らずに閉じた、なんて経験は誰にでもありますよね。

その気持ちの正体は「図々しいヤツだと思われたくない」みたいなとこにあるんじゃないかなあとおもいます。相手も忙しいのに自分の都合で時間を使わせてしまう、そう考えると声をかけること自体がわがままのように思えてきてしまうのです。実際、こういう振る舞いを「図々しさ」と表現する人をよく見かけます。

でも僕はこれを図々しさとは呼びたくないんですよね。むしろ依頼も催促も指摘も相手を対等な大人だと思っているからできることなんじゃないかと思っています。

言わないでおく判断の裏には相手への一方的な思い込みが隠れています。頼んだら負担になるだろう、催促したら気を悪くするだろう、指摘したら傷つくだろう…みたいな。優しさのように見えますがこれは相手を守ってあげないといけない子供として扱う発想でもあります。

対等な大人だと思っているならそうはならないはずなんです。相手は自分の仕事量を把握しているので無理なら断れるはずです。指摘を受け取ったうえで自分で判断もできます。つまりこちらが勝手に相手の許容量を決めて手加減する理由がないわけです。断る力があると信じているからこそ頼めるんです。

そもそも組織は各々で役割を持つ人が集まった場所です。その役割がお互いに噛み合うことで全体が前に進みます。誰かの遅れは誰かの手待ちになりますし間違ったまま進んだものは後から全員に返ってきます。

この構造で考えると依頼や催促は相手の人格に向けたものではなく役割に向けたものだとわかります。「あなたが悪い」ではなく「あなたの役割ならこれをしてくれないと次に進まない」という感じですね。役割の話として扱えるなら言う側の後ろめたさもだいぶ軽くなるはずです。

反対に、言わずに済ませればその場は穏やかに終わります。ただ問題そのものが消えたわけではありません。期限は静かに過ぎていきますし、ズレたまま進んだら問題はいつか大きくなって戻ってきます。困るのは黙っていた本人だけではなく多くの場合は相手も一緒です。早い段階なら一言で済んだものが遅れるほど収拾のつかない話になっていきます。

この問題はどんどん深みにハマる可能性も高いです。お互いになあなあでいると自然と受け身になります。そして察してほしいとか気づいてほしいという気持ちばかりが強くなり、相手の気配りに依存し始め、最後には誰が何を持っているのかも曖昧になっていきます。やるべきことを言葉にしないまま空気で回そうとするやり方は、大人同士の仕事としてはかなり心もとないと思うんですよね。

もちろん何を言ってもいいという話ではありません。言い方や中身はちゃんと気をつける必要があります。

相手の役割の外にある仕事を投げる、丸投げして判断材料を渡さない、期限だけ伝えて背景を説明しない、うまくいかなかったときに感情で詰める…など。この辺はたしかに対等な扱いから外れています。逆に目的・期限・前提をそろえて渡す、まず事実の確認から入る、指摘は行動の範囲にとどめる、断る余地を残しておく。こういうやり方は図々しさではなく普通の仕事の進め方だと思います。

そう考えるとお願いしたり指摘したりすること自体は失礼ではありません。むしろ言えるというのは相手を信用しているという合図でもあります。この人なら受け止めて自分で判断してくれると思っているから口に出せるわけですから。