よくある話なんですけど、人間って大事なことを放ったらかしにして、どうでもいいところにやたらこだわるという謎の行動を取りがちなんですよね。
たとえば仕事の場面を思い浮かべてほしんですけど、要件定義が曖昧なままなのにどのツールを使うのか何週間も議論していたり、テストもドキュメントもほったらかしにしてコードのフォーマット論争だけは異様に盛り上がったり。健康でいえば睡眠も運動もボロボロなのにサプリの銘柄だけは異様に詳しい人とか。投資ならコアの資産運用すらしていないのに個別株の短期売買の手法ばかり研究している人とか。
これ、別に特定の誰かが愚かとかそういう話ではなくて人間がだいたいそういうふうにできているという話です。大事なことは地味で退屈で効果が見えるまで時間がかかる。どうでもいいことは目先で楽しくて選んでいる感覚が得られる。だからみんな自然と「どうでもいいこと」に吸い寄せられるんですよね。
で、ここからが本題なのですが、みんながそういう生き物だということは裏を返せば教科書どおりをやり抜くだけで勝ち越せるということなんですよ。
教科書に書いてあることっていうのは、たとえば「基礎を固めてから応用に手をだす」とか「記録を取って振り返りをする」とか「スケジュールを決めて優先順位の高いものからやる」みたいなヤツ。基本的に検証済みの王道です。かっこよく言うなら再現性のある手法。
誰でも知っているし誰でもできそうに見える。でも実際にやり抜いている人は驚くほど少ない。みんな途中で飽きて「もっといい方法があるんじゃないか」と寄り道を始めるからです。つまり競争相手のほとんどが勝手に脱落していく。王道を淡々と続けるだけで相対的に上位に入れてしまう。
だから私は「何事も教科書どおりにやれ。教科書どおりにやれないことは教科書どおりにやれるようにしろ」という考え方が大事だと思っています。
後半が特に重要で、教科書どおりにできないとき人は「うちは特殊だから」「自分には合わないから」と自分を例外扱いして独自路線に走りがちです。よく聞くのが「世の中は教科書どおりなんかにはならない」というセリフ。一見もっともらしいのですがあれの正体はだいたいやらない理由づくりです。
「教科書どおりにいかないのが現実だ」と言えば、やめることを賢い判断っぽく見せられる。でも実際は教科書が間違っているのではなく続けるのに飽きてきた、地味な作業がしんどくなってきた、みたいな怠けなんですよ。
それに教科書どおりじゃなくても教科書どおりになるような状態を自分から作らないといけないんですよね。だって教科書的じゃない方法って上手くいくかどうかわかんないんだから。そのリスクを負うほど特殊な状況なんてほとんどないんです。時間がなくてできないなら時間を確保する仕組みを作る。スキルが足りないなら基礎から埋める。アレンジは王道を一通りやり切ってから、それでもどうにかしないといけないときの一手なんです。
オリジナリティとか独自の工夫って聞こえはいいのですが大半は基本から逃げるための言い訳だったりします。まずは教科書どおり。地味ですがそれだけで勝てる世界が案外たくさんあるんです。
あなたの「教科書どおりにはいかない」ってそれは本当ですか?それともやらない言い訳ですか?