テックブログのメタクソ化

昨今では少なくない企業のテックブログにおいてLLMで生成したままのような低品質な記事をよく見かけるようになりました。 独特の単語と文章構造、読みにくい日本語、文章量だけはやたら多いがうすっぺらい冗長な記事。 低品質化がひどすぎて少なくないテックブログを見ることをやめることが増えました。 テックブログのメタクソ化です。 私はこのような振る舞いはテックブログの本来の目的と逆の効果を生むので避けるべきだとおもっています。 多くの企業はテックブログを気軽なアウトプットの場所にとらえていますが、あくまでも企業の名前を看板として背負っていることを忘れてはいけません。 気軽さは大事ですが企業の活動としておこなう以上は最低限のクオリティが必要だと考えています。 企業の名前で低品質な記事を書くということは「手を抜いた低品質なものをアウトプットとして恥ずかしげもなくだせる企業」に見えているということです。 あなたの会社は「アウトプットにこだわりがない」「テクニカルライティングもまともにできない」「技術にこだわりがない」「社内のコミュニケーションはもっと酷いのだろう」なんて思われています。 それってテックブログとして正しい姿ですか? たとえば、イベントに登壇した人が生成したスライドで練習した様子もなくたどたどしく発表したらどう見えるでしょうか? 社内で資料の確認や練習をしなかったのかとおもわれるでしょう。 ポジティブな印象をもたれるとは言い難いです。 LLMを使うことでたくさんの記事を書けるからPVは上がっている、と言う人もいます。 しかし忘れてほしくないのがテックブログの本来の目的はPVを集めることではないということです。 テックブログの本来の目的は優秀な人材を採用することにあります。 果たして、貴社の求める人材はLLMで書かれた低品質な記事を有難がって読むような人でしょうか? 勘違いされたくないので明記しておきますがLLMで書いたからダメというわけではありません。 LLMとアイディアを考えたり、LLMで草案を作って人間が手直しをするというのはむしろ上手いやり方でしょう。 また、記事は高品質なものでないといけないという話でもありません。 慣れてない人が記事を書くということもとても大事なことです。 テクニカルライティングの練習にもちょうどよい機会ですから。 周りの人がサポートして最低限のクオリティまでもっていけばよいだけです。 いずれにせよ大事なのは他人に見られているのだということを決して忘れてはいけないというところにあります。 あなたの会社はAIで効率化する会社ですか?それともAIで手抜きする会社ですか?

2026年8月22日

対等な大人だと思うから催促も注意もできる

会社で働いていると作業を頼んだりとか期限を確認したりするような場面ってありますよね。ときには指摘や注意することもあります。ですが、こういうのを苦手に感じる人はけっこう多いんじゃないでしょうか。催促のメッセージを書いては消して結局送らずに閉じた、なんて経験は誰にでもありますよね。 その気持ちの正体は「図々しいヤツだと思われたくない」みたいなとこにあるんじゃないかなあとおもいます。相手も忙しいのに自分の都合で時間を使わせてしまう、そう考えると声をかけること自体がわがままのように思えてきてしまうのです。実際、こういう振る舞いを「図々しさ」と表現する人をよく見かけます。 でも僕はこれを図々しさとは呼びたくないんですよね。むしろ依頼も催促も指摘も相手を対等な大人だと思っているからできることなんじゃないかと思っています。 言わないでおく判断の裏には相手への一方的な思い込みが隠れています。頼んだら負担になるだろう、催促したら気を悪くするだろう、指摘したら傷つくだろう…みたいな。優しさのように見えますがこれは相手を守ってあげないといけない子供として扱う発想でもあります。 対等な大人だと思っているならそうはならないはずなんです。相手は自分の仕事量を把握しているので無理なら断れるはずです。指摘を受け取ったうえで自分で判断もできます。つまりこちらが勝手に相手の許容量を決めて手加減する理由がないわけです。断る力があると信じているからこそ頼めるんです。 そもそも組織は各々で役割を持つ人が集まった場所です。その役割がお互いに噛み合うことで全体が前に進みます。誰かの遅れは誰かの手待ちになりますし間違ったまま進んだものは後から全員に返ってきます。 この構造で考えると依頼や催促は相手の人格に向けたものではなく役割に向けたものだとわかります。「あなたが悪い」ではなく「あなたの役割ならこれをしてくれないと次に進まない」という感じですね。役割の話として扱えるなら言う側の後ろめたさもだいぶ軽くなるはずです。 反対に、言わずに済ませればその場は穏やかに終わります。ただ問題そのものが消えたわけではありません。期限は静かに過ぎていきますし、ズレたまま進んだら問題はいつか大きくなって戻ってきます。困るのは黙っていた本人だけではなく多くの場合は相手も一緒です。早い段階なら一言で済んだものが遅れるほど収拾のつかない話になっていきます。 この問題はどんどん深みにハマる可能性も高いです。お互いになあなあでいると自然と受け身になります。そして察してほしいとか気づいてほしいという気持ちばかりが強くなり、相手の気配りに依存し始め、最後には誰が何を持っているのかも曖昧になっていきます。やるべきことを言葉にしないまま空気で回そうとするやり方は、大人同士の仕事としてはかなり心もとないと思うんですよね。 もちろん何を言ってもいいという話ではありません。言い方や中身はちゃんと気をつける必要があります。 相手の役割の外にある仕事を投げる、丸投げして判断材料を渡さない、期限だけ伝えて背景を説明しない、うまくいかなかったときに感情で詰める…など。この辺はたしかに対等な扱いから外れています。逆に目的・期限・前提をそろえて渡す、まず事実の確認から入る、指摘は行動の範囲にとどめる、断る余地を残しておく。こういうやり方は図々しさではなく普通の仕事の進め方だと思います。 そう考えるとお願いしたり指摘したりすること自体は失礼ではありません。むしろ言えるというのは相手を信用しているという合図でもあります。この人なら受け止めて自分で判断してくれると思っているから口に出せるわけですから。

2026年8月15日

AIで作れるようになった人ほど、プロの凄みがわかると思う

先日SNSでこんな投稿を見ました。「AIでアプリが作れたからもうエンジニアいらないな」みたいなやつ。非エンジニアの人がAIを使って自分でツールを組んでそれが動いたということ自体は素直にすごいことだと思います。でも、そのあとに続く「エンジニアいらない」のひと言だけはどうにも引っかかったんですよね。 先に言っておくと非エンジニアがAIでいろんなものを手軽に作るのは最高にいいことだと思っています。今までお金や技術の壁で諦めていたものが自分の手で形になる。これはもう純粋に世界が良くなっている話です。なのでぼくは作ること自体を否定したいわけじゃまったくありません。 引っかかるのは「動くものが作れた」を根拠に「エンジニアをいらない」と言い切ってしまうところです。あれ正直めちゃくちゃダサいと思うんですよね。 なぜダサいかというと動くだけのアプリケーションと仕事で使う商用アプリケーションのあいだには見えていない論点とクオリティの差が横たわっているからです。動いた時点で見えているのは氷山の一角で、プロが金をもらって作っているのはその下に沈んでいる部分のほうです。 たとえば自分1人が触るぶんには動くやつも、同時に1万人がアクセスしたら耐えられるのか、変な入力を投げられたときに落ちないか、個人情報を扱うならそれをどう守るのか、誰かがデータを盗もうとしてきたときに防げるのか、半年後に仕様変更が来たとき直せる作りになっているのか、障害が起きた夜中にちゃんと復旧できるのか…etc。この辺は全部「動く」の外側にある話で、しかも商用だと1つも落とせません。 要するに動かすのは入り口で、仕事で作るというのは落ちない・壊れない・守れる・直せるをぜんぶ同時に成立させることです。デモで動くものと、他人の金や生活を預かって動き続けるものは求められるクオリティの桁が違います。 こう書くと「でもその見えてない部分もいずれAIが全部埋めるでしょ」と言われそうです。わかります。というか正直それはかなりあると思っています。負荷対策もセキュリティも保守も、いつかAIがまとめて面倒を見る未来は普通に来ると思います。だからここで「AIには無理」みたいな話をするつもりはありません。 引っかかっているのはそこじゃなくて、そもそも見えてない部分が存在するという事実に気づけていないというところです。1万人がアクセスしたら落ちるかもしれない、変な入力で壊れるかもしれない、その論点がまず頭に浮かぶ人だけが「じゃあそこAIに埋めさせよう」と指示を出せます。**埋める手段がAIになっても「何を埋める必要があるか」を判断する部分は残ります。**むしろそこがプロの中身なんですよね。 「動いたからエンジニアいらない」と言い切れてしまうのは、その埋めるべき穴が見えていないからこそなんです。見えていないから穴がないように思えてしまいます。逆にいえば技術がAIに肩代わりされるほど、穴の在りかを知っている人の価値はむしろ上がるんじゃないかと僕は思っています。 AIで動くものを作れた人は堂々とそれを喜んでいいと思います。ほんとにすごいので。ただそれと「プロがいらない」はつなげないほうがいい。むしろ自分で少し作ってみたからこそ、その先の見えない部分の深さに気づける立場になったはずなんです。作れるようになった人ほどプロの凄みがわかるようになる。そっちのほうがずっとかっこいいと思いますね。

2026年7月15日

仕事が辛い人が狙うならFIREじゃなくてまず転職じゃない?

朝ベッドから出るのに時間がかかったり、日曜の夜になると胃が重くなったり、通勤電車でこのままどっか遠くに連れて行かれないかなとぼんやり考えてしまったり。仕事がそこまで辛くなってくるといっそFIREして働くこと自体から降りたくなる気持ちはよくわかります。あと何年でいくら貯めれば会社を辞められるのか電卓を叩きたくなる人もいるでしょう。 でも僕は仕事が辛い人がまず目指すべきなのはFIREじゃなくて転職なんじゃないかと思っています。 FIREって要するに今の仕事が嫌すぎて働くことそのものから降りたい気持ちの表れですよね。でもよく考えると嫌なのは働くこと全般じゃなくて「その職場で働くこと」のほうだったりします。上司が理不尽とか残業が終わらないとかやってる仕事に意味を感じられないとか。これらは働くこと全体の問題じゃなくて今いる場所の問題なんですよ。それなのに解決策として仕事を丸ごと手放そうとするのは正直ちょっと大げさじゃないでしょうか。まだ試せることがいくらでも残っているのにそれを飛ばしてしまっている気がします。 しかもFIREって金額のハードルがえげつなく高いんですよね。生活費を全部運用益でまかなうとなると数千万とか億とかの単位になってきます。辛い仕事に耐えながらそこまで貯めるのに10年20年かかるとしたら、その間はずっとすり減りっぱなしになります。ゴールに着く前に心か体のほうが先に折れてしまってもおかしくありません。 その点で転職はずっと早く状況を変えてくれます。職場が変わるだけで人間関係も仕事内容も労働時間も一気に入れ替わるので、うまくいけば数ヶ月で朝のあの憂鬱が消えることもあるでしょう。FIREが人生をかけた長期プロジェクトだとしたら転職は今月からでも動き出せます。つらさが軽くなるまでの時間がまるで違うんですよ。 それに実際に移ってみて「なんだ、働くこと自体は別に嫌じゃなかったんだ」と気づく場合もあります。前の職場がしんどかっただけで環境さえ変われば仕事から得られるものもちゃんとあったりするんですよね。そうなればもうFIREを急ぐ理由自体が消えてしまいます。辛さの原因が仕事じゃなくて場所だったのなら場所を変えれば済むだけの話ですから。 もちろんFIREを目指すこと自体を否定したいわけじゃありません。それはそれで立派な目標だと思います。ただ今の辛さから抜け出したいだけならちょっと遠回りが過ぎる気もします。まずは近いところから試してみて、それでもやっぱり働くのが嫌だったらそのときFIREを考えたって遅くないはずです。

2026年7月15日

会社の愚痴が多い人ほど転職しない

給湯室とか飲みの席で「もうこんな会社やめてやる」「まじで転職するわ」って毎回言ってる人いるじゃないですか。上司がどうとか給料がどうとか人事評価がどうとかとにかく口を開けば会社の不満が出てくる。でもそう言い続けて半年経っても1年経ってもその人はまだ同じ席で同じ愚痴をこぼしてるんですよね。 こういう「転職したい」が口癖になってる人ほど経験上ほんとに転職しないんですよ。 最初のうちはまわりもちゃんと愚痴を聞いてくれるんですよ。大変だねって同調してくれるし親身になって求人サイトや転職先を教えてくれる人もいる。でも同じ愚痴を3回4回と聞かされるうちにまわりの反応はどんどん薄くなっていく。言うだけで何も動かない人に本気で付き合ってあげるのって、聞いてる側もさすがにだんだん疲れてくるんですよね。 聞き流されるようになると本人のやる気も落ちていくし、まわりも「どうせこの人は変わらない」と思って手をかけなくなります。難しい仕事を任せてみようとかこいつを伸ばしてやろうという気持ちも自然と失せていく。本人は会社が嫌で言ってるだけなのにいつのまにか"関わりたくないヤツ"になっちゃうんですよね。 これがいちばん怖いところなんですけど、そうやって放っておかれていくと肝心のスキルも人脈も止まっちゃうんです。転職市場で見られるのは結局この数年で何をやってきたかなので、愚痴りながら足踏みしてた時間は外から見るとほとんど空白なんです。文句を言い続けてるあいだにいざ動こうとしたときの手札がどんどん減っていく。転職したいと言い続けた結果として転職できない体になっていくわけです。なかなかの皮肉ですよね。 たぶん愚痴ること自体が行動の代わりになっちゃってるんだと思います。「転職したい」と口に出すとそれだけでなんか一歩前に進んだ気になれてその場はスッキリするんですよね。でもそのスッキリで満足しちゃうから、求人を見るとか職務経歴書を書くとかいう面倒な行動には手が伸びないんですよね。ガス抜きが上手すぎて逆にいつまでも爆発しないみたいな感じです。 だから転職したいって気持ちが出てきたら、それを言葉にして消費してしまう前にちょっとだけ手を動かしておくのがいいです。とりあえず求人眺めてみるとか、なんだったら面接受けてみるとか。愚痴に使う時間のほんの一部をそっちに回すだけで将来は結構変わってくるんじゃないかなあとおもいます。 ほんとに転職する人ってだいたい静かにさっさと動くんですよね。逆に転職したいと言い続けるほど実際に転職できる可能性は下がっていく。みなさんは愚痴を言うのもほどほどにして思い立ったら早いうちに動きましょう。

2026年7月13日

「いい人」の給料が伸びない理由

あんなにいい人なのになんで報われないんだろうみたいなこと言われてる人ってときどきいるじゃないですか。言われた仕事はきっちり片づけてまわりの評判も悪くない。それなのに給料は上がらないし昇進もしない。世の中は不公平だと。まあそう言いたくなる気持ちもわかるんですよ。 ただその人がなんでいい人扱いされてるのかをよく見るとですね、だいたい「言われたことを素直にやるだけ」なんですよね。上から降ってきた作業を断らずにこなす。頼まれごとにイヤな顔をしない。たしかに一緒に働くぶんには気持ちいいんですよ。でもこの仕事って何のためにあるんだっけとか、もっといいやり方あるんじゃないのとか、そういうのを自分の頭で考えた形跡はびっくりするほどないんです。 こういう言われたことを何も考えずにこなすのっていい人というよりただ従順なだけなんですよね。そしてこの従順さっていうのが実は給料の伸びない大きな理由だったりするんです。 むしろ言われたとおりにやるのって実はいちばん楽な道なんですよ。黙って従っておけば何かコケても「指示どおりやっただけ」で逃げ切れる。自分の頭で考えはじめると判断の責任がのしかかってくるし、ときには「それ違いますよね」と波風を立てないといけない。だから従順って真面目の顔をした思考停止になりがちなんです。しかも本人はそれが正しいとおもって頑張ってるぶん余計にタチが悪いんです。 言われたことをこなせる能力って正直なところ最低限の話であって代わりがいくらでもいるぶん高い給料は出にくいですよね。言い方悪いですが言われたことをこなすのって組織の一番下なんですよ。新卒とかならそれでもいいですけど、そこから先で市場がお金を払うのは良いやり方を自分で模索できるとか何をやるべきかを自分で決められる力とかそういう方向のスキルになります。従順さって周りからは喜ばれても外に持ち出せる価値とは言い難いんですよね。 なので言われたことだけを10年やってきた人って市場から見ると「10年ぶんの経験」というより**「1年くらいで身につく経験を10回くり返しただけ」**みたいに評価されがちです。“いい人"として働いてきたはずなのに転職市場でぜんぜん値がつかないっていうのはこういうその場で足踏みしてるような頑張ってるけど全然進んでない的な状態の人が多いんじゃないかなあとおもいます。 いい人なのに給料が伸びないなあと感じてるなら、1回自分を雇う側の目で眺めてみるといいと思います。「自分のことお金を払うとして言われたとおり動く以外に何ができるんだっけ?」ってかんがえてみる。そこでパッと答えが出てこないなら自分の行動を見直すといいかもしれません。 いい人でいるのは悪いことじゃないですけど、どうでもいい人にはならないように気をつけましょう。

2026年7月2日

理解できないことをする人を愚かだと決めつけないほうがいい

前の職場に会議のたびに「それってそもそも何のためにやるんでしたっけ」みたいな基本的なことを聞く同僚がいました。みんなが当然の前提でどんどん話を進めているなかで1人だけ話を止めるので、正直「今さらそれ聞く?」と内心思っていました。わかってないのかなと。 でもあるときその質問のおかげでプロジェクトが救われたんですよ。全員がなんとなく同じ方向で合っていると思い込んでいた前提が実はバラバラで、その人が止めてくれなければ見当違いのものを作って数週間まるごと無駄にするところだった。一見、要領が悪いと思っていた質問こそいちばん的を射た確認だったわけです。 このとき愚かだったのは質問した同僚じゃなくてわかったつもりでいた僕のほうでした。自分が理解できないからといって相手が愚かとは限らないということです。 理解できないのはたいてい相手がおかしいからじゃなくて自分の知らない情報や理由があるからなんですよね。さっきの質問も意図を知るまではただの見当違いにしか見えなかった。こっちは事情の半分も知らないのに見えている部分だけで「無駄」と判定していたわけです。当てずっぽうで出した結論が当たるほうが珍しい。 人は自分の理解の枠からはみ出すものを見ると相手のほうが変だと処理したくなります。そのほうが楽だからです。自分が何か見落としているかもと考えるよりあいつはズレていると切り捨てるほうが頭を使わなくて済む。でもそれをやった瞬間に理解のチャンスを自分から捨てているんです。 そもそも他人と自分は考えが違うんですよ。こんなの当たり前なんですがわかっていない人が驚くほど多い。自分の前提は相手にも共有されているはずだと無意識に信じていて、そこからズレた行動を全部「間違い」の箱に放り込んでしまう。前提が違えば正解も変わるのに同じ景色を見ているつもりだから話が噛み合わないだけなんですよね。 これは仕事にかぎった話じゃないです。ニュースのコメント欄でもSNSでも自分と違う選択をした人にすぐ馬鹿だ愚かだとラベルを貼る光景があふれている。でもその人にはその人の事情があってこっちが知らないだけかもしれない。少なくともその可能性を消さずに持っておくだけで世界の見え方はだいぶ変わるはずです。 だから理解できない人に出会ったら馬鹿にするのは事情を聞いてからでも遅くない。たいていは理由が出てきて愚かなのは決めつけた自分のほうだったと気づきます。理解できないというのは相手の頭の出来ではなく自分の足りなさを映す鏡なのかもしれません。

2026年6月30日

1つの会社に長くいるのは案外わるくない

「同じ会社に5年もいるの?」みたいな反応をされたことがある人いるんじゃないでしょうか。最近は2、3年で転職を重ねるのが当たり前みたいな空気があって、1つの会社に長くいると成長が止まるとか市場価値が下がるとか言う人がよくいます。なんなら長居そのものがリスクみたいな扱いをされることもある。で、それを真に受けて焦って動く人を何人も見てきました。 僕が言いたいのは1つの会社に長くいることで得られるものもちゃんとあるということです。 過去の記事で給料に不満があるなら転職したほうが早いと書いたので矛盾してると思われるかもしれません。でもあれは待遇が動かないなら場所を変えろという話で、長くいること自体を否定したわけじゃないんですよね。場所が合っているなら長くいるメリットはむしろデカい。 一番大きいのは信頼です。これは時間をかけないと積み上がらない。同じ会社で結果を出し続けると「こいつに任せておけば大丈夫」という評価がたまっていって、ある日それが大きなチャレンジの許可証になるんですよね。新しいことをやらせてもらえるかどうかって能力よりも信頼で決まる場面が多くて、入ったばかりの人がいきなり大きなプロジェクトを任されることはまずないです。逆にいえば時間をかけて積んだ信頼があれば新しい挑戦がしやすくなるってことですね。 **もう1つは人脈です。**社内で長くやっていると誰が何を握っているかが見えてきて、何か動かしたいときに「あの人に聞けば早い」が増えていく。他部署のキーマンとはなしにいける関係ができてると本来なら何週間もかかる調整が一本の連絡で片付いたりする。これ転職するとほぼリセットされる資産で外から来た人がゼロから築くにはやっぱり時間がかかるんですよ。同じ会社に長くいる人だけが使えるショートカットなんです。 転職には転職の良さがあるし合わない場所に留まり続けるのはたしかにリスクです。ただ「長くいる=停滞」という決めつけもまた雑な話で信頼や人脈という時間でしか買えないものを捨てて毎回ゼロからやり直すのが常に正解とは限らないんですね。腰を据えたからこそできる大きな仕事もあるんです。動くのが偉いわけでも残るのが偉いわけでもなくて自分がいま積み上げの途中なのか頭打ちなのか、そこを見極めるのが大事なのかなあとおもいます。

2026年6月20日

フリーランスの僕が副業をすすめない理由

フリーランスをやっていると副業を始めようとしている友人から相談を受けることがたまにあります。エンジニアの彼は「スキルを活かして案件を受ければ月10万くらいいけるかも」と言ってたんですが話を聞いていてちょっと待てと思ったんですよね。それ副業じゃなくてただの残業じゃないかと。 今日は副業はよほどの理由がない限りやらないほうがいいという話をします。 noteでこういうこというと怒る人が多そうだけどね。 エンジニアなど専門職がスキルを活かして案件をこなす副業は実質残業です。というか本業と同じことをやりながら営業や確定申告や契約管理という余計な仕事が増えるので残業未満です。それなら最初から残業を選んだほうがリスクがなく手っ取り早い。会社員として働く時間を伸ばすほうがよっぽどシンプルです。副業という形を取ることで増えるのは収入より手間のほうが多い場合がほとんどです。確定申告は面倒ですよ。 SNS運用みたいなやつはもっとわかりやすくて、あれで稼げているのは「副業のやり方を教える人たち」がほとんどです。 情報商材屋が儲かる構造がうまくできていて実際に運用してみると収益は微々たるものになりやすい。 YouTuberやライターも同じで労力を正直に時給換算すると最低賃金すら割ることが多い。これを副業と呼ぶのはちょっと違うなと思います。好きな人が好きなことしてついでにお金をもらうくらいのスタンスがいいとおもってます。 本業以外で純粋に収入を増やしたいだけならバイトするのが一番確実です。 働いた分だけきちんとお金がもらえる。当たり前のことですが副業の情報に囲まれているとこの当たり前を見失いがちになります。最近は残業できない会社も少なくありませんが、残業以外で収入を増やすなら変な副業じゃなくてバイトしたほうが早いです。 ただ例外があって、起業や独立を本気で考えているなら副業という形で小さく試すのは意味があります。 僕がいまフリーランスでやっていけているのも会社員時代に副業で小さく試して感触を確かめていたからで、そうやって学んだことは今に繋がっています。失敗のリスクを抑えながら将来の足がかりをつくるという目的があるなら多少非効率でもやる価値はあります。 そもそも収入を上げたいなら本業に集中するのが一番効いてくることが多いです。 副業に使う時間とエネルギーを本業のスキルアップに回しましょう。今の会社で上がらないなら転職を検討したほうがいいですね。転職市場では年収の上がり幅が副業で稼げる額とは桁が違うことも珍しくないです。副業で月5万稼ぐために週末を削るより転職で年収を50万上げるほうがずっと現実的だし体も楽です。なによりも王道なので上手くいきやすい。 副業ブームで「副業=収入を増やす手段」というイメージが定着しています。でも「稼ぎたいだけ」と「将来に向けて試したい」はかなり性質が違います。前者が目的なら副業は回り道になりやすい。副業なんかに浮気せず素直に本業に集中する方が正解です。

2026年6月19日

「AIで記事を書いた」はアウトプットと言えるんだろうか

最近よく見るんですよね。「アウトプットが大事だからAIで記事を書いて毎日投稿してます」みたいな人。学んだことをAIにまとめさせて公開する。たしかに量は出るし見た目もちゃんとしている。でも僕はこれを見るたびに思うんですよね。それ本当に “アウトプット” になってます? 先に言っておくと僕自身も仕事でAIはがっつり使っています。だからAIを使うな、みたいな話をしたいわけじゃないです。引っかかっているのはもっと別のところにあります。 ネットに記事を書くのってざっくり2つの目的があって1つは世の中への情報提供でもう1つは自分の理解の検証です。で、AIが効くのは前者の方なんですよね。 情報提供のほうはむしろAIのほうが速いし上手いことも多い。これはもう認めるしかない。でも自分の理解が試されるという後者の機能、こっちはAIにはどうやっても代われないんです。 問題はAIが情報の提供をきれいに肩代わりしてくれるせいで、自分の理解の検証まで一緒に済ませた気になってしまうことなんです。 理解の穴って「自分の言葉で書こうとして書けない瞬間」に初めて露出するんですよ。分かったつもりで書き始めたら例が思いつかない、ロジックが飛ぶ、結論が宙に浮く。あの詰まる瞬間こそが「お前ここ分かってないぞ」のサインでそれを潰しながら書き上げるから理解が固まるんです。AIに任せるとこの詰まりがまるごと消えて穴があったことにすら気づけない。 しかもタチが悪いのは、出来上がった記事を読むと自分まで分かった気になることです。すらすら読めるから理解した感覚だけはしっかり残る。でも人に説明してみろと言われると詰まる。読んで分かるのとゼロから組み立てられるのは完全に別の能力で後者だけが本当に使える理解なんですよね。 「叩き台をAIに作らせて自分で直せばいいのでは?」とか「AIと相談しながら書くのはダメなん?」みたいなこと言われそうですが、それは全然いいと思います。論点は思考の丸投げと壁打ちの線引きなんです。思考を肩代わりさせるのか、思考の相手をさせるのかという違いです。思考を丸投げすると自分の理解の検証が消えるけど壁打ちなら自分の頭が動くぶんちゃんと検証は回る。同じ「AIを使う」でも主従が逆なんです。 要するに「書けた」と「分かった」は別物でAIは前者を肩代わりしてくれるけど後者は肩代わりできない。なのに前者が手に入ると後者までやった気になる。アウトプットの達成感だけ残って本当にやりたかったはずの復習の機会をむしろ失っている。 だから価値提供がしたいならAIをどんどん使えばいい。でも「学んだことを定着させたい」が目的なら、そこだけは面倒でも自分の手で書いたほうがいい。目的が違うものを同じ「アウトプット」という言葉でくくるからやった気だけが量産されるんです。 その記事、AIなしで自分の言葉でもう一度書けそうですか。書けなさそうなら、まだ自分のものにはなってないのかもしれませんね。

2026年6月18日