本記事はウェブメディア「Modern Times」へ2023~2024年に寄稿したものを同メディアの閉鎖に伴い加筆・修正のうえ再掲したものです。

意思決定を駆動しないデータたち

勘や経験だけではなくデータに基づき客観的な意思決定をおこなうデータドリブンという考え方はビジネスの世界でも広く使われるようになりました。多くの企業ではデータ分析チームを組織しデータを意思決定に活かそうとしています。しかし、本当にデータによって駆動できている会社は多くありません。

データを集めてもデータドリブンでない企業はそれを眺めているだけになっています。さまざまな指標を集計したりダッシュボードを作成したりしていますがそれで満足しているのです。データから自分たちの意思決定を改善したりユーザを理解することができていないのであれば、それはデータドリブンとは言えないでしょう。

自分たちが重要だと考えている指標が上がったり下がったりしたとき、自分たちの考えや行動はどのように変わるでしょうか?この質問はデータドリブンな組織において非常に重要です。もし答えられないのであればデータが組織を駆動しているとは言い難いでしょう。データドリブンな企業ではデータが意思決定を改めるのです。

優れた指標によって自分たちの意思決定を駆動しましょう。良い指標を設定することができれば、組織の意思決定は指標によって突き動かされていきます。では、そのような優れた指標とはどのようなものなのでしょうか?良い指標と悪い指標の違いは?データドリブンな指標の考え方について解説していきましょう。

優れた指標とはなにか?

意思決定に使えるデータドリブンな優れた指標はどのような指標なのでしょうか?良い指標には大きく3つの条件があるとわたしは考えています。値の変化から学べること、その学びによって行動が変わること、そして施策による変化を捉えられることです。逆にいえば、指標を設定してもそこから学ぶことができない、行動が変わらないのならば良い指標とはいえないでしょう。

まず、自分たちがおこなった施策が良かったのか悪かったのか知ることで次に活かすことができる指標は学ぶことができる指標だといえるでしょう。たとえば広告の改善を考えたとき、改善の前後でクリック率やクリック後の課金率などを比べることによってどのような改善がユーザに対して効果があるのか学習することができます。このような指標を追いかけることで施策の実験を行い改善サイクルを回すことができます。

どの施策へ投資するか判断できる指標もよい指標です。複数の広告の成果を比較してどの広告に投資するべきか判断できるなら、それはデータドリブンな意思決定ができる指標だといえます。その指標を使うことで適切な広告へ予算を効率よく使うことができます。

では、学ぶことができて行動が変わるような指標とはどのような指標なのでしょうか?自分たちの興味があるドメインを定量的に測定できて施策によって変化する指標がよい指標になります。たとえば、プロダクトマネジメントではただのユーザ登録者数よりもアクティブユーザ率や重要な機能の利用率などユーザのエンゲージメントを示すような指標が好まれますし、Web広告であればインプレッションよりもアカウント作成や課金率が重要になるでしょう。

もちろん、優れた指標を見つけることは簡単ではありません。ビジネスや組織の変化に伴って適切な指標も変わっていきます。自分たちのビジネスを助けるような素晴らしい指標は試行錯誤しながら模索することが必要です。

良い指標について具体例を考える

具体的に優れた指標はどのようなものがあるのか考えてみましょう。たとえば、ライブ配信や動画投稿ができるサービスを通して活動するならばどんな指標が自分たちに有効でしょうか。この問題は場合によって様々な考え方がありますが、ここではシンプルに考えてみます。

ライブ配信や動画投稿について多くの人が気にしている数値はなんでしょう?おそらくほとんどの人がフォロワー数を話題にするのではないかとおもいます。人気の指標として挙げられることの多い指標です。では、これは配信者や動画投稿者が自分たちの意思決定を改善するにあたって良い指標でしょうか?わたしはあまり良い指標だとは考えません。

実際のところ、フォロー解除は多くないためフォロワー数は時間経過によって右肩上がりに推移します。問題は右肩上がりそのものではなく、累積していくだけの指標ではどの配信や施策が効いたのかを切り分けられない点にあります。フォロワー数が増えていてもユーザが自分のことをどのように思っているのかはわかりませんし、自分の配信や動画のどれがよかったのか学ぶこともできません。

ライブ配信をするならば同時接続者数が手がかりになるとわたしは考えます。リアルタイムに配信に参加してくれる人の多くはファンですからユーザのエンゲージメントが数値化されていると言えるでしょう。配信中も数値が上下するので細かく自分のアクションに対する考察を得ることができます。ただし同接は配信の長さや時間帯にも左右されるので、単純な大小だけで判断せず変化の傾向として見るのがよいでしょう。

動画や配信の再生回数はどうでしょうか?これはフォロワー数よりはよいでしょう。コンテンツごとに数値がわかるのでそれぞれの良し悪しを振り返ることができます。しかし、再生回数も右肩上がりの指標ですのでエンゲージメントを測ることが簡単ではありません。動画投稿してすぐに1万再生された動画と1年経って1万再生された動画は同じくらい人気の動画でしょうか?もちろん違いますね。コンテンツが増えれば増えるほど再生回数は使いにくくなってしまいます。

再生回数でも累計ではなく投稿してから1日〜1週間程度の短期間における再生回数は示唆に富む指標です。期間を絞ることで自分の動画をいつも追いかけてくれているファンのエンゲージメントを数値にできています。ただの再生数というだけでは時間が経つとあまり役に立たなくなりますが、投稿直後の再生回数は今の状態を明確に示してくれる指標です。

このように、再生回数そのものはあまり良い指標とは言えませんが期間を絞ることで良い指標となります。同様にフォロワー数も一定期間における増加量に着目すれば学びのある数値です。冒頭であげた「施策による変化を捉えられる」という条件は、こうして期間を制限したり数値の変化を見ることで満たされます。変化を捉えられれば施策の効果を検証できるようになるからです。

イノベーティブなアイディアを生み出すにはデータだけでは足りない

ここまでデータドリブンな良い指標について解説してきました。しかし良い指標は施策の良し悪しを教えてくれる一方で、施策そのものを生み出してくれるわけではありません。データドリブンには限界があるということも同時に理解しておく必要があります。良い施策と悪い施策をデータを使うことで見分けることができますがデータだけでは良い施策そのものを生み出すことができません。データは細かい改善をすることは得意ですが、データがあるからといって良いアイディアを思いつくわけではないのです。データがあればイノベーティブな発想が生まれてさまざまな問題が解決するだろう、という考えはデータドリブンに対するよくある誤解です。

では、どのようにして良い施策を考えれば良いのでしょうか?それはデータだけではなくビジネスやマーケット、ユーザに対して理解と考察を深めることが重要です。データだけではなく勘や経験のようなものが必要になります。直感的な発想によって革新的なアイディアが大きな進歩を作り出し、データによって細かい改善を行っていくのです。

データドリブンな企業では数値だけにビジネスを任せることはしません。数値にできる限界を理解しているからです。数値という理性と考察から生まれる直感のバランスが重要です。この2つを上手く組み合わせることでイノベーティブな進化と高速な改善の両方のサイクルをつくり全体を最適化することができるのです。