本記事はウェブメディア「Modern Times」へ2023~2024年に寄稿したものを同メディアの閉鎖に伴い加筆・修正のうえ再掲したものです。
BIツールを導入しただけでは「データの民主化」は進まない
DX推進の要素の1つとしてデータの民主化は重要なトピックスです。目まぐるしく変化する現代のマーケットにおいて、意思決定の精度と速度を向上させるために定量的で客観的な評価が必要でしょう。そのためには組織のメンバーが幅広くデータにアクセスし活用できる必要があります。しかし、実際にデータの民主化を進めるにあたってなにから始めればよいのか苦悩している会社も多いのではないでしょうか。
データの民主化を成し遂げるためのアクションとしてBIツールの導入やSQLの教育といったアイディアは非常に頻繁に提案されることの多いテーマです。つまり、多くのメンバーがデータを扱えるような設備や教育を整えようということです。彼らがデータを活用するためにはデータにアクセスする手段が必要であり、BIツールやSQLはその手段として汎用的で定番だと言えるでしょう。しかし、実際のところBIツールを導入しただけではデータの民主化を達成することはできません。BIツールのようなデータを扱うツールというものはデータの民主化に対してほんの一要素でしかないからです。
なぜデータを分析する手段ばかりが話題に上がりやすいのでしょうか?これは分析をしたことのないほとんどの人がデータさえ触れれば分析できると勘違いしているからです。分析者であればそれが間違いだと知っているでしょう。調理方法を知っていても材料がなければ料理は作れないのです。
そこで本記事が注目するのがデータのロジスティクスとガバナンスです。ここでいうロジスティクスとは分析に使うデータを準備し流通させ使いやすく整備するまでの一連の営みを指します。ガバナンスはそのデータを安全かつ適切に扱うためのルールや管理の仕組みです。データを活用するためには様々な要素が必要ですがこの2つは多くの人に軽視されがちでありながら実際には必要不可欠な論点です。本記事ではその価値について解説します。
なぜ分析ツールだけでは足りないのか
データを分析するツールを運用するためには、まず分析できるデータを用意するシステムと分析するインフラが必要になります。社内で利用するならルールの策定が必要ですし個人情報保護や規約違反を犯さないかリーガルチェックをする必要もあるでしょう。
ロジスティクスやガバナンスの問題はツールの導入では解決することができません。これがデータ分析ツールだけではデータの民主化ができない大きな要因です。ロジスティクスやガバナンスが整ったうえで分析ツールを導入することで初めて多くの人が正しく効率よく分析ができるようになります。
データを分析する技術や設備を導入するだけのアプローチではこうした裏側にあるデータのロジスティクスやガバナンスの問題はほとんど解決できません。それらが不必要なわけではありませんが分析できる手段だけを用意してもほとんどの企業においてデータを十分に活用することは難しいのです。
現場で噴き出すロジスティクスとガバナンスの問題
社内で多くの人がデータを利用しはじめると細かい運用の面でも課題がでてきます。たとえば、同じ名前の指標でも定義や処理の仕方が異なるという問題はよくあります。売上という言葉1つとってもチームによって計算の定義が異なります。複数の人が似たような計算をする機会が増えますので、正しく効率よく計算できるように必要なデータや処理の方法を共有することも重要になるでしょう。
運用上の問題に加えて使う人が増えればセキュリティ上のリスクも高まります。分析ツールやデータへのアクセスについて利用者ごとに適切な権限を付与したり管理することが必要になります。データを扱うためのセキュリティについてリテラシーの教育も必要です。ここで挙げたものはデータの民主化について頻出する課題の一例であって、他にもさまざまな障害があるでしょう。
問題をどう解決していくか
それでは、このような問題をどのように解決していけばよいのでしょうか?すべての問題を一息に解決してくれる、いわゆる銀の弾丸は存在しません。1つずつ問題を解決していく必要があります。そして、そのソリューションと優先度は組織の構造やデータ民主化の進め方によるため一概に決めることが困難です。問題と向き合い、地道に取り組むことが必要です。
先に挙げた課題にはそれぞれ定番の解決策があります。データを安定して分析できるシステムが必要ならば、開発や保守運用を担うデータ分析基盤チームが必要でしょう。指標の定義や処理の仕方に差異が発生するならば、データカタログやデータマートを構築して共有化するのは定番の解決方法です。それらを活用するためにデータスチュワードのようなロールが求められるでしょう。セキュリティリスクへの対策として権限の管理を行うには、ルールの策定とそれを運用する組織を作る必要があります。データが規約や法律に対して問題がないか専門家と議論する枠組みを用意することもよいでしょう。
解決には全社的・トップダウンの推進が不可欠
これらの問題の解決の障害となるのは組織の壁です。近年ではデータ活用に関する問題に対して解決のプラクティスが共有されつつあり、以前に比べれば効率よく解決へ進むことができるでしょう。しかし、チーム単独で進めることが難しく影響範囲の広い課題です。特に権限の管理や法律や規制への対応はチームを超え全社を巻き込んで解決していく必要があります。このような問題をボトムアップに解決することは困難で、必ずトップダウンに強制力をもって進めなければいけないシーンがでてきます。
メンバーが幅広くデータを活用することは企業の成長に大きく貢献します。しかしそこに至るにはBIツールの導入のような手段の整備だけでは足りずその土台となるロジスティクスとガバナンスの問題に地道に取り組まなければなりません。そしてその取り組みは現場だけで完結しません。現場の意思決定の速度を速めながらガバナンスやロジスティクスの改善をトップダウンに進める——この両輪を回して全体を最適化することこそがデータの民主化に必要なのです。