課題が見えたら次は何をするか
前回の記事では経営に近い抽象的な指標をそのまま現場に渡しても「何を変えればいいのか」がわからないという問題を取り上げました。その解決策として指標をファネルや要素やセグメントに分解し課題の所在を具体的に特定することの重要性を述べました。
では分解して課題が見えたとして、見つかった課題に片っ端から対応すればよいのでしょうか?もちろん答えはノーです。課題が見えることと正しく対処できることのあいだにはもうひとつ大事なステップがあります。それが戦略です。
見つかった課題をそのまま各チームのKPIに据えて改善を任せるというのはよくある流れです。しかし、このように漫然とした進め方では上手くいきません。マーケティングはリード数を追い営業は成約率を追いカスタマーサクセスは解約率を追う。それぞれは正しく見えますが全体としてどこに向かっているのかが定まっておらず組織の成果につながりにくい状況へなりがちです。
課題の特定と施策の実行のあいだには「どこに集中するか」を決める戦略が欠かせません。本記事ではこの戦略とKPIの関係を整理します。
全部やろうとすると全部中途半端になる
指標を分解すれば改善すべきポイントはいくつも出てきます。たとえば「リード獲得率が落ちている」「商談からの成約率も低い」「既存顧客の解約率も上がっている」など、どれも放置できない課題です。
ここで「全部やろう」となるのは自然な感覚ですし危機感の表れでもあります。しかし全体の方向性がないまま各チームが自分の担当する課題に個別に取り組み始めるとそれぞれの合理的な判断が噛み合わず組織として逆方向に進んでしまうことがあります。
たとえばこんなケースを考えてみます。マーケティングはリード数を伸ばすために獲得しやすい中小企業向けの広告に予算を寄せる。営業は成約率を上げるために意思決定の早い小規模案件を優先する。カスタマーサクセスは解約率を下げるために一社一社に手厚いサポートを提供する。どのチームも自分の指標を改善するために合理的な判断をしています。
しかし結果として起きるのは単価の低い顧客ばかりが増え一人あたりのサポートコストが利益を食いつぶしていくという状態です。仮に本来この事業がエンタープライズ向けに舵を切るべき局面にあったとすれば組織全体が逆方向に進んでいることになります。個々のチームの数字は改善しているのに事業としては悪化している。これは各チームの努力が間違っていたのではなく全体の方向性が定まっていなかったこと、そして事業の方向性と一致していなかったことが原因です。
どの課題に優先的に取り組むのかを決める。その判断こそが戦略です。
指標の分解は戦略のために行う
ここで前回の記事を振り返ります。指標を分解して課題を特定することは重要です。しかしその目的を改めて整理すると指標の分解とは戦略を考えるための材料を揃える行為だと言えます。
指標の分解はこのプロセスの起点であり手段です。分解すること自体が目的になってしまうと「課題はたくさん見つかったがどこから手をつければいいかわからない」という状態に陥ります。これは分析が足りないのではなく判断が足りないのです。
分析チームは指標の分解によって課題の全体像を提示する。意思決定者はそのなかから組織として取り組むべき課題を選ぶ。現場はその判断に基づいて具体的なアクションを設計し実行する。それぞれの役割が噛み合ってはじめて分析から成果につながる流れが生まれます。
戦略を定量化したものがKPI
ここまでの話を踏まえるとKPIの位置づけも明確になります。
指標を分解すれば改善候補となる指標はいくつも出てきます。しかしそのすべてをKPIにするわけにはいきません。すべてを追えばリソースが分散し結局どれも十分に改善できないという先ほどの問題に戻ってしまいます。
KPIとは分解によって見えてきた複数の指標のなかから戦略的な判断に基づいて選ばれるものです。「この課題がいま最も重要でありここに集中することが全体の成果につながる」という意思決定の結果として定められる指標がKPIだと言えます。
「KPIはなぜ"重要"なのか」と聞かれることがありますが、KPIとして選ばれた指標が重要たり得るのはそれが戦略を定量的に表しているからです。KPIの背後には「どの課題を優先するか」「なぜその課題なのか」という戦略的な判断があります。それらの戦略の状態や進捗を定量的に示すから Key-Performance-Indicator なのです。
言い換えればKPIとは課題がわかるくらいに具体的であり組織としてその改善を優先すると決めた指標のことです。具体性と優先度の両方が揃ってはじめてKPIとして機能します。
戦略がなければKPIは機能しない
ここまでの議論を裏返すと戦略が不在のままKPIを設定することの危うさが見えてきます。
戦略がない状態で指標を分解しそのまま各チームにKPIとして渡すとどうなるか。各チームは与えられた数字を改善することに集中します。それ自体は真摯な取り組みです。しかし各KPIのあいだに優先順位がなくそれらがどの方向に向かっているのかも示されていなければ個々の改善努力が全体の成果に結びつきません。
問題はそれだけではありません。一度KPIとして設定された数字は組織のなかで独り歩きしやすくなります。「なぜこの指標を追っているのか」という背景が薄れ「この数字を上げなければいけない」という部分だけが残ってしまい、環境が変わっても市場の優先課題がずれてもKPIだけは据え置かれたまま組織が動き続ける、なんてことが起こります。
もし戦略に基づいてKPIを設定していれば環境が変わったときにKPIの妥当性を問い直すことができます。「この指標を追う理由は何か」「いまの戦略に照らしてまだ有効か」という判断基準があるからです。しかし戦略がなければその問い直しの根拠がありません。KPIを変えるべきタイミングで変えられず組織が古い指標に縛られ続けるリスクがあります。
まとめ
指標を分解して課題を見つけることは重要ですがそれだけではアクションにつながりません。見つかった課題のなかからどれに集中するかを決めること、つまり戦略を立てることが不可欠です。
KPIとは戦略を定量化した指標であり分解から生まれた多くの候補のなかから「いまここに集中する」と組織として判断した結果として定められるものです。戦略的な判断がなければKPIは単なる数字の羅列になりかねません。
戦略なくしてKPIなし。KPIの設定は分析の延長線上にあるのではなく戦略の延長線上にあるものです。