データはあるのに動けない

「データを見ているのに現場が動かない」という話をよく聞きます。ダッシュボードも整備した。数値から課題は見えている。それなのに現場の動きが変わらない。この状況に心当たりがある方は多いのではないでしょうか。

分析チームからすると「データは出しているのに活用されない」と感じているかもしれませんが、現場からすれば「その数字を見せられても何をすればいいか考えられない」とおもっているかもしれません。これはどちらかが悪いという話ではありません。この噛み合わなさには構造的な原因があるのです。

この記事では、この問題が発生する原因として経営に近い指標は抽象度が高く現場では使いにくいという課題を解説しながら、対策として指標を分解することで現場で使いやすくするという考え方を紹介します。

経営に近い指標は現場では使いにくい

多くの組織でデータ分析の起点になるのは売上や顧客数といった経営において重要視されている指標です。当然ながらこれらは組織にとって重要な数字であり注視すべきものです。

しかしこうした指標をそのまま現場に渡しても「売上が下がっています」「顧客数が伸びていません」という報告にしかなりません。

ここに問題の本質があります。売上が落ちていること、顧客数が伸びていないことなんて現場の人間だってわかっています。日々の業務を通じて直感的な理解あるいはそのレベルの数値は現場でも持っていることが多いでしょう。

しかも現場はその課題に対してすでにアクションを取っています。施策を打ち改善の努力を続けている。それでも数字が動かないから困っているのです。

現場が本当に知りたいのは「売上が落ちている」というレイヤーの事実ではありません。「今やっていることの何をどう変えればいいのか」であり「具体的な問題はどこなのか?」ということです。経営に近い抽象的な指標はこの問いに答えることができません。だからデータを見ても現場のアクションにつながらないのです。

指標を分解して深堀りする

ではどうすればいいのか。答えはシンプルで経営に近い指標をそのまま使うのではなく分解して深堀りすることです。

ここでいう分解とは単に数式的・論理的に要素を分けることだけではありません。ファネルの段階ごとに分けたりセグメントごとに切り分けたりすることも含みます。

分解の目的は「どこに問題があるのか」を具体的に特定することです。指標が抽象的なままでは打ち手も抽象的になります。分解して問題の所在を絞り込むことで初めて「何を変えるべきか」という現場が求める問いに近づけるのです。

分解にはいくつかの視点があります。

ファネルでの分解は全体のプロセスをステップごとに分けてどの段階で数字が落ちているかを特定します。これによって「どの工程に問題があるのか」が見えてきます。

要素への分解はひとつのステップをさらに構成要素に分けることです。量の問題なのか質の問題なのかといった切り口で課題の性質を特定します。

セグメントでの分解は顧客の属性や行動パターンごとに数字を切り分けることです。全体で見ると問題に見えていたものが特定のセグメントに偏っていると気づければ打ち手はぐっと具体的になります。

これらの分解は排他的なものではなく組み合わせて使うものです。ファネルで問題のある段階を特定しそこを要素やセグメントでさらに深堀りするというように段階的に絞り込んでいきます。

顧客数が伸びないときを例にかんがえてみる

ここまでの考え方を顧客数の問題を例に見てみます。

ファネルでチョークポイントを特定する

「顧客数が伸びない」という課題をそのまま扱おうとすると打ち手は漠然としたものになります。まずファネルに分解して問題がどの段階にあるのかを特定します。

たとえばBtoBのSaaS事業であれば広告表示→サイト訪問→資料請求(リード獲得)→商談→成約というファネルが考えられます。この各ステップの件数と転換率を並べてみると全体のどこで数字が大きく落ちているかが見えてきます。

仮にサイト訪問数は前年並みなのに資料請求数が大きく減っているとしましょう。この時点で「顧客数が伸びない」という曖昧な課題が「リード獲得の段階に問題がある」という具体的な論点に変わります。

要素とセグメントでさらに深堀りする

ファネルからチョークポイントが特定できたら次はその段階をさらに分解します。

まず要素への分解です。資料請求が減っているのは量の問題なのか質の問題なのか。サイトへの流入数自体が減っているのかそれとも流入は維持されているのに資料請求への転換率が下がっているのか。量の問題であれば集客施策を見直す必要がありますし転換率の問題であればLPや訴求内容に原因がある可能性が出てきます。これだけでも打ち手の方向性は大きく変わります。

次にセグメントでの分解です。流入元の媒体ごとに転換率を見たときにリスティング広告は横ばいなのにSNS広告経由だけが大きく落ちているかもしれません。あるいはターゲットセグメントごとに見ると中小企業向けのリードは堅調なのにエンタープライズ向けのリードだけが減っているかもしれません。業種や企業規模といった属性で切り分けることで全体の平均に隠れていた偏りが浮かび上がります。

こうして段階的に分解していくと「顧客数が伸びない」という漠然とした課題が「SNS広告経由のエンタープライズ層のリード獲得率が落ちている」といった具体的な問題に変わります。ここまで絞り込めれば現場は「何を変えるべきか」を考えられるようになりますし分析チームと現場が同じ問題について具体的に議論できるようになります。

具体的にすればいいわけでもない

ここまで指標を分解して具体化する重要性を述べてきましたが注意点があります。具体化しすぎると今度は別の問題が起きます。

指標が具体的になるほど現場はその数字を改善することだけに集中しやすくなりますが、これは行動が特定の指標に引っ張られて局所最適に陥りやすくもあります。

本来であれば現場にはさまざまなアプローチを試す余地があるはずですが具体的すぎる指標はその多様性を奪います。「この数字を上げればいい」という明快さが逆にアクションの幅を狭めてしまうのです。

たとえば「SNS広告経由のエンタープライズ層のリード獲得率が落ちている」という問題に執着してしまうと「SNSではなくセミナーのほうが効率がよいかもしれない」というソリューションにたどり着きにくくなってしまいます。あくまでも本来の目的はリード獲得率の改善ですから、ほかのアプローチを模索したほうが効率がよい可能性もあります。

具体的な指標はわかりやすく行動を促す力が強い分だけ視野を狭める力も強くなります。これは分解の粒度を考えるうえで常に意識しておくべきことです。

分解の目的はあくまで「どこに問題があるのか」を特定して対話の土台をつくることです。分解した結果をそのままKPIとして現場に渡すこととは違います。分析チームと現場が分解の結果を見ながら「ではどうするか」を一緒に考える。そのプロセスがあってこそ分解は意味を持ちます。

まとめ

データ分析からアクションが生まれない原因は分析する側の力不足でも現場の理解不足でもありません。経営に近い抽象的な指標がそのまま現場に渡されることで「何を変えればいいのか」「どこに解くべき課題があるのか」という問いに答えられていないことが根本的な原因です。

この問題を解決するには指標をファネルや要素やセグメントに分解して「どこに問題があるのか」を具体的に特定していくことが必要です。分解によって問題の所在が明確になれば分析チームと現場が同じ具体的な課題について対話できるようになります。

データ分析の価値は数字を出すことではなく「次に何をすべきか」を一緒に考える土台をつくることにあります。そのためにまずは指標の分解から始めてみましょう。